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宇治を訪ねて 歴史倶楽部弟69回例会
宇治上神社


		
		【宇治上神社(うじがみじんじゃ)】
		宇治上神社は、平等院鳳凰堂とともに世界文化遺産にも指定されている。しかしここにこなければそんな事は知らない人が大半だ
		ろう。日本最古の神社建築などという事も、ここで解説を読んで初めて知った。本殿(国宝)は平安時代後期の建造だというから、
		鳳凰堂がたてられたのとほぼ同じ時期に建ったわけだ。しかし、日本最古の神社建築という表記は、他にもいくつかの神社で見た
		ような気がするし、神社の起源も、歴史学上は実のところはまだカオスの中で、何も解明されていないと言ってよい。

 

		
		明治時代までは、隣接の宇治神社と二社一体で「離宮上社」と呼ばれていた事は前記した。祭神は宇治神社と同じく応神天皇、仁
		徳天皇、菟道稚郎子で、本殿の中に、更に本殿が三神を祀っている。境内はうっそうとした老樹の生い茂る、森閑とした静かなた
		たづまいを見せている。宇治神社から2,3分、さわらびの道を歩いてくると着く。延喜式神名帳に、「山城国宇治郡宇治神社二
		座」とあり、ここを上社・本宮というのに対し、宇治神社を下社・若宮と称するらしい。文献上は、治暦3年(1067)に後冷泉天皇が
		平等院行幸の際、離宮明神に神位を与えたとの記事が見える。藤原氏が平等院建立の後、宇治上神社はその鎮守社として位置づけ
		られ、地元の崇敬を集めたようである。

 



		
		参門をくぐると、鎌倉時代初期建立の住宅風拝殿(国宝)が正面に現れる。寝殿造の様式を伝えていて、特に縋破風といわれる手
		法を用いた屋根の美しさに特徴がある。(縋破風(すがるはふ): 屋根の妻側(棟の端)において合掌形につけられた屋根板の様式)
		正面6間、側面3間、一重切妻造、檜皮葺(ひわだぶき)、両妻1間庇付で、もろ寝殿造の様式を伝える。  
		
 







		
		拝殿の右手に、「手水舎」と書かれた小屋に囲われ保存されている「桐原水」の水場がある。今も湧き続けている宇治名水の一つ
		である。今でも点茶に利用する人が絶えないと言う。宇治七名水の他の名水には枯れているものもある中で、当時の景観をそのま
		まに残している。しかし見たところ、これをそのまま飲むにはちょっと抵抗があるような気もする。

 

		
		その奥まったところに重厚な一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の摂社「春日神社」社殿があり、建築年代は鎌倉時代とさ
		れており、これも重要文化財に指定されている。「春日神社」と言うからには、藤原一族の守護神だろうか。平等院の鎮守社とし
		て藤原一族の繁栄を願って築造されたものかもしれない。

 



		
		春日神社社殿の左手に檜皮葺きの屋根で覆った本殿がある。3つの社殿を一棟の覆屋で連結した特異な様式を見せる本殿は他に例
		が無く、私もここで初めて見た。真ん中に応神天皇、左手に仁徳天皇、右側に莵道稚郎子を祀る。



		
		本殿左右の社殿にある蟇股(かえるまた)も、建築年代を示す資料として重要な建造物らしい。内殿はすべて一間社流造で、平安
		時代後期の作とされ、現存する我が国神社建築最古の建造物として、昭和27年(1952)、拝殿とともに国宝に指定されている。
		また平成8年(1994)には、平等院と共に世界文化遺産に登録された。しかし、世界遺産と言うには非常に地味で、いまいちその
		実感がわかない。宇治上神社が世界遺産に登録されたのは、本殿の中の3つの社殿を一棟の覆屋で連結した特異な様式が、現存す
		る最古の神社建築である事と、拝殿が平安時代の住宅様式が取り入れられた建物だからという点らしい。

		(蟇股(かえるまた): 棟の破風の上の飾りで、蛙が股を広げているように見えるデザインを持ち、それが時代によって変化し
		ているので、この蟇股を見るといつの時代に建てられたのかがわかる。) 
 
 

		
		格子障壁で本殿は覆われているのに、この写真はどうして撮ったのかと疑問に思う方もあるかもしれない。実は私が今度買ったデ
		ジカメはCASIOの最新・超小型のやつで名刺サイズである。200万画素。従って木を組んである隙間から手を入れて右・左と撮し
		たという訳だ。画素と言い、記録速度といい、今まで使っていたEPSONの80万画素に比べると申し分ないのだが、ふたつ弱点があ
		る。マクロ撮影ができないのと、電池の消耗が激しい事である。これが解決されれば満点なんだけど。本殿の左右両殿の内陣扉に
		は絵が描かれているといわれているが、勿論それは見えなかった。



		京都の宇治上神社、最古神社建築と裏付け 平等院と同期  2004.2.27 Asahi.com
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		奈良文化財研究所と京都府宇治市教委などは26日、現存最古の神社建築とされる同市宇治山田の国宝、宇治上神社(宮村徹宮司)
		の木材を年輪年代測定した結果、本殿は1060(康平3)年ごろに建てられたことがわかり、最古の神社建築であることが裏付
		けられた、と発表した。当時、関白として力を持っていた藤原頼通によって建てられた平等院(1052年創建)と同時期にあた
		り、一帯は藤原一族の土地であったことから、同市教委などは同神社も頼通によって建てられた可能性が高くなったとみている。 
		1994年に世界遺産にも登録されている同神社は、建築様式から本殿は平安時代後期、拝殿は鎌倉時代前期の建築で、現存最古
		の神社とされてきたが、科学的な根拠には乏しかった。 
		調査は、同研究所埋蔵文化財センター古環境研究室の光谷拓実室長らが昨年12月から2月にかけて実施した。従来、年輪年代測
		定では、遺跡から出土した木材や解体修理で分解した木材からサンプルを採って調査した。今回は本殿と拝殿で使われている古部
		材(ヒノキなど)78点の年輪を高解像度のデジタルカメラで約2000枚撮影。年輪の成長幅を測り、その変動パターンを、暦
		年の標準パターンと照合する方法で木の伐採年を測定した。 
		この結果、本殿内殿三社(左殿、中殿、右殿)では、いずれも1060年ごろに伐採したヒノキを使用。また、拝殿には1215
		(建保3)年ごろ、本殿左殿には1243(寛元元)年ごろに伐採のヒノキが使われていたことから、鎌倉時代初期から中期にか
		けて拝殿の造営と本殿の改修があったことがわかった。 
		一方、本殿中殿の階段からは984(永観2)年ごろの伐採のヒノキもあり、より古い建物の存在もうかがえるという。
		(02/27 08:00) 


公開された宇治上神社本殿の内殿三社=26日午後、京都府宇治市で




 
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