Music: Boxer
末盧国・伊都国
10月13日(月曜日)




呼子から壱岐を抜けて対馬まで国道が連なっている。その為フェリーも「国道フェリー」という名前である。
つまり国道3??号(何号だったか忘れた。)が、海の上を経由して佐賀から対馬まで続いているのだ。


洋上の錦織さんと、甲板から玄界灘を眺めて感慨に耽る馬野さん。



	今日の玄界灘は荒れていないが、それでも船は相当揺れて、すこし気分の悪くなった人もいた。今から2000年の昔、
	ここを渡っていった古代人達の船はどんな船だったのだろうか。決死の思いで船を漕いでいったのだろう。文字通り、一
	歩間違えば待っているのは「死」である。先に何があるか知って渡って行ったのだろうか。海の向こうに何があるか知っ
	ていて渡ったのだとすれば、その知識はどうやって得たのだろう。おそらくは先人から聞いた知識なのだろうが、それに
	しても一番最初に海峡を渡った人の蛮勇には敬意を払いたくなる。好奇心か、飢えか、或いは大陸・半島からの逃亡かも
	しれないが、いずれにしてもこうやって波に揺られながら、転覆の恐怖と戦いながら松浦半島を目指したのだ。







呼子港を目指して左側(東:上)と右側(西:下)。加唐島、小川島と抜けてきて、おそらくこれはもう松浦半島本土だろうと思う。



下はその西側を拡大したもの。切り立った崖である。ここからは勿論上陸は出来まい。



 

呼子港

 


呼子の陸地側から呼子港の入り口を見る。両側は切り立った崖である。僅かな平地には民家が密集している。



末羅国へ上陸。



末盧国・伊都国MAP

 







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