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国宝・臼杵石仏 2010.2.28 大分県臼杵市







	■国宝 臼杵石仏(磨崖仏)	うすきせきぶつ(まがいぶつ)

	古園石仏大日如来像に代表される臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われている。その規
	模と、数量において、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、平成7年6月15日には磨崖仏では全国初、
	彫刻としても九州初の国宝に指定された。その数は、60余体にもおよび、このうち59体が国宝となった。石仏群は4群に分か
	れ、地名によって、ホキ石仏第1群(堂ヶ迫石仏)、同第2群、山王山石仏、古園石仏と名づけられた。それぞれに、傑作秀作ぞ
	ろいであり、表情豊かな御仏の姿は、みる者の心にやすらぎをあたえてくれる。





この土産物屋の前で出発前の説明。ボランティアのガイドさんが、説明しながら我々と一緒に廻ってくれる。





山へ登る入口に「香堂」があって、ここで身も心も清めて仏様達と対面する。
















	古園石仏へ向かう山道からホキ石仏第一群を見たところ。ホキ石仏第一群は人で一杯だったので、先に一番山奥の古園石仏から見
	ていくことにした。何組も同じように見学しているグループがいるので、ガイドさんの説明はそこかしこで聞ける。何十人という
	団体でくるとこういう点は便利やね。
	この山腹には多くの石仏がある。現在、石仏群として管理されている国宝は59体だが、周辺にも幾つかの石像が点在している。 
  




古園石仏群

	■古園石仏(ふるぞのせきぶつ)

	古園石仏は、大日如来像を中心とする曼荼羅を構成し整然とした陣容をそなえる、臼杵石仏の中心的存在。通称古園十三仏とも、
	大日山石仏とも言われている。特に中尊の大日如来は日本の石仏の中でも最高傑作の一つといえる。
	きわめて端厳な相好だが、ゆたかな両頬や、ややとがった二十頤、切れ長の伏し目など幽玄で神秘的な雰囲気がただよう。制作年
	代は、平安後期を下らないと言われている。崩壊破損が甚だしかったが、修復工事(S33〜)により平成5年8月25日には中
	尊大日如来の仏頭が復位され、昔日の荘厳な姿に復旧した。

















この大日如来の首は長いこと下に落ちたまま(下段の写真)だったのを、石仏群の修復の時に元へ戻したものらしい。




	この古園石仏群の、頭部が落ちていた大日如来像が、臼杵石仏群の中では最も有名である。他の石仏群の体半分は、岩でない部分
	があり、腰から下は浸食により形がないものがほとんどである。大日如来像の頭部は、3mほど落ちたにしては、顔が無傷で驚く。
	パンフによれば、「切れ長の目に引きしまった口元が極めて端整で気品ある表情を作り、各方面から限りない絶賛を受けている。」
	とある。








	上の写真が修復前の古園石仏群。大日如来の首は落ちたままである。心なしか哀しげに見えるが、下の写真では静かにほほえんで
	いるように見える。仏様も本来の姿に戻って嬉しいのだろう。見る方も嬉しい。







山王山石仏群








	■山王山石仏 (さんのうざんせきぶつ)

	中央に丈六の如来像と左右に脇侍の様に如来を刻む三体の如来像で構成されている。仏像の顔は輪郭が丸く、目鼻はこじんまりと
	して童児のそれをおもわせ、今にも語りかけるような口もとなどは、邪気のない純真無垢な童顔そのもの。通称「隠れ地蔵」と言
	われている。
 




中尊に如来坐像、左右にも脇尊として如来坐像を配する。平安後期の作。







ホキ石仏第一群

	■ホキ石仏第一群(ほきせきぶつだいいちぐん)

	平安時代から鎌倉期に至るまでの磨崖仏が20数体並び、まさに壮観。4つの龕からなり、第1龕は、如来坐像3体と菩薩立像2体、
	第2龕は阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、如来坐像の3体、第3龕は大日如来像ほか4体、第4龕は地蔵菩薩半跏像並びに十王像
	の11体である。










	ホキ石仏第一群にも多くの石仏が並んでいる。地蔵十王像は、中尊に地蔵菩薩、両脇に5体ずつの十王像を配している。片ひざを
	立てた姿の地蔵菩薩は古い様式で、鎌倉時代の作という。



さらに如来三尊像が3体並ぶ。いずれも平安後期の作とされるが、台座には願文や経巻を納めたとされる円や四角の穴が開いている。



























ホキ石仏第二群

	■ホキ石仏第二群(ほきせきぶつだいにぐん)

	2龕(がん)からなり、第1龕には阿弥陀三尊像が見事な技術で掘り出され、その堂々とした体、中尊と両脇侍のそれぞれに異な
	った豊かな表情など、まことに見事な磨崖仏である。第2龕は、「九品の阿弥陀」と呼ばれ、比較的小さな仏像が彫られている。






	ホキ石仏第二群・第1龕の阿弥陀三尊像。まん中の中尊阿弥陀如来像はさすがに存在感がある。ちなみに中尊とは「中心をなす」
	というような意味らしい。中尊阿弥陀如来像は平安時代後期の作と言われ、「毅然とした表情は彫技の冴えを感じさせる傑作」と
	パンフにある。臼杵石仏の中でも最も優れた石仏のひとつである。平安時代からよくまぁ残っているものだ。
 






上右は、石仏群の一番右側にある観音菩薩像。岩が割れているのでカラス天狗のようにも見える。



ずらりと並んだ阿弥陀如来像。第1龕の阿弥陀三尊像に比べるとやや小柄な9体(九品)の阿弥陀如来像である。














	出発した「石仏観光センター」という名前の土産物屋さんへ戻って来て、「臼杵郷土料理」の昼食。味噌汁に入った大分のだんご
	がうまかった。この店には、近辺で発掘された出土品や、石仏に関する新聞記事などが掲示してあってなかなか興味深かった。






















	土産物屋が並んだ一角の前に大きな広場があった。おそらく以前は田圃だったのではないかと思うが、ここに、あちこちから寄贈
	された石碑いくつか置いてあって、今から一大「石碑公園」に整備されるもののようだった。


















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