2015年夏 フランス・ドイツ紀行 第十四日目 2015.6.20




	2015.6.20.(土曜日) 晴れ パリ・モンマルトル美術館
	
	「パリ市内で唯一のぶどう畑」を持つという「モンマルトル美術館」に入る。最初「De MUSEE Montmartre」
	とあったので、モンマルトルの歴史を見せてくれる博物館かなと思ったが、このモンマルトルを愛して、こ
	こで創作活動に励んだ画家達の作品を集めた美術館だった。元々は住居で、ここで大勢の画家達が暮らした。
	ロートレックのポスター、ゴーギャン、モネの絵などがある。ユトリロ等もこの館で一時暮らしたという。
	







	以下の解説文は、パリ・モンマルトル美術館の日本語HPから転載しています。(以下青字分すべて)
	(C)Collection musee de Montmartre

	本日は皆さまを、19世紀末から20世紀初頭のモンマルトルの暮らしを体感できるミュゼ、モンマルトル美術館
	へとご案内いたしましょう。
	この素敵な美術館の建つモンマルトルは、ルノワール(1841-1919)やデュフィ(1877-1953)、シュザンヌ・
	ヴァラドン(1865-1938)、そしてその息子モーリス・ユトリロ(1883-1955)など、数多の芸術家たちを魅了
	し、その暮らしの場となった特別な地区です。個性豊かな彼ら芸術家たちの想いを今なお宿すのが、田園風の
	風情を残したモンマルトル美術館。ブドウ畑とセーヌ河流域を遠望する比類ない立地にあって、17世紀から18
	世紀に造られたいくつかの建物から成っています。これらの建物は、モンマルトルの丘でも最も古いものに数
	えられ、そのうちのひとつにはモリエール一座のある役者が暮らしていたといいます。 


▲美術館の入口には、この場所に住んだ芸術家たちの名前を刻んだプレートが掲げられている。

	それでは、1740年に造られた玄関口からミュゼへ入ってみましょう。エントランスから続く美しい緑のアーチ
	をくぐると、そこは母屋を取り囲む3つの庭です。「ルノワールの庭」と名付けられたこれらの庭は、ルノワ
	ールが1876年から翌年にかけて、この場所で描いたかの有名な《ムーラン・ド・ラ・ギャレットのダンスホール》
	(1876年)や《ブランコ》(1876年)といった絵画を基に改修されました。《ブランコ》は、1877年の印象派
	展に展示されましたが、高い評価が得られず、友人で画家のギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)が購入
	したという作品です。建物の右側にある壁に囲まれた庭に残されたブランコが、その思い出を今に伝えています。
	そしてその背後に姿を見せる、モンマルトル大聖堂の丸屋根と高さ84mの鐘楼の壮麗な佇まいとまぶしいほどの
	白さといったら──。なんと印象的なことでしょうか。





	木陰になった小道が美術館からサン・ヴァンサンの庭へと続いています。カエデやシカモア、白マロニエが植
	えられたサン・ヴァンサンの庭はパリ市の環境保護地域に指定された庭園。道を下って行くと、アニエス・リ
	スパルによるプルボ(1879-1940)の彫刻に出会います。プルボは、モンマルトルの丘に生きる子どもたちの表
	情を捉えた作品を描き、以降、こうした腕白小僧たちは「プルボ」と呼ばれるようになりました。さらに進むと、
	テラス、そして有名なモンマルトルのブドウ畑の上にせり出す傾斜した庭に出ます。ここには29品種、1,742株
	のブドウの木が植えてあり、ここで収穫されるブドウは、毎年10月の第2土曜日に行われる収穫祭で競りにかけ
	られます。




























































































































	ルノワールの庭は散歩にはうってつけで、本当によく造られた庭園です。洋梨やアーモンドといった果樹、小
	低木、ヒナゲシやチューリップといった花々が植えられたこの庭では、印象派の画家たちにとって大切だった
	さまざまな色に出会うことができます。ここを訪れたら、皆さまもきっと、この静かで調和した空間にいつま
	でもいたいと思うことでしょう。


	ブドウ畑の向こうにあるピンク色の壁の建物をご覧になってください。これがかの有名なキャバレー「オ・ラ
	パン・アジル」。ルノワールやユトリロ、モディリアーニ、ブラック、ピカソといった当時の有名な芸術家た
	ちがやって来て飲み、そして歌った伝説の場所です。今なお営業を続けるオ・ラパン・アジルは、現存する最
	古の19世紀のキャバレーとなっています。





	この美術館の裏手にぶどう畑がある。パリ市内に唯一残る葡萄畑だという。段々畑になっていて、ワインを
	作る葡萄の特徴である、低い小さな葡萄の木がずらりと植えられている。小さなイスとテーブルの休憩所も
	あり、ここに居る野鳥を何羽か撮影した。観光客はここまでは殆ど来ない。我々以外には2,3人が畑の中
	をうろうろしている。





















▲サン・ヴァンサンのブドウ畑と美術館の眺め





▲環境保護地域に指定されたサン・ヴァンサンの庭を通る小道







日本で言えば「黒ツグミ」に似ているが、こっちでは何と言うのだろう?







これはミツバチの巣。すなわちハチミツの収集箱だね。



ブドウ畑のアチコチにこの鳥がいた。











	傾斜した庭を上っていくと、再び美術館に行き当たります。2階の展示室では、作家や芸術家が通った有名な
	キャバレー「シャ・ノワール」が紹介されています。1881年にロドルフ・サリ(1851-1897)が設立したこの
	キャバレーは、パリの名士たちの出会いの場となり、19世紀末のボヘミアンの象徴ともなりました。サリは、
	ここにピアノを設置しましたが、これは初めての試みでした。こうして、数多くのシャンソニエ(訳注:自作
	の風刺歌を歌ったり風刺漫談をしたりする芸人)や詩人たちがここを舞台に作品を生み出すこととなったので
	す。とりわけよく知られているのは伝説的なアリスティッド・ブリュアン(1851-1925)でしょう。有名な哀
	歌「シャ・ノワール」を作曲したブリュアンは、当意即妙の言い返しで名指しされたお客を“犠牲”にして、
	客席に笑いの渦を巻き起こしたといいます。













	画家アンドレ・ジルが描いた「はねウサギ」。フランス語で「ラパン・アジル」といい、モンマルトルの
	ブドウ畑の側にあるシャンソニア(シャンソンを聞かせてくれる店)の名前の由来になっている。「オ・
	ラパン・アジル」は、かってピカソやユトリロ達、画家のたまり場だった。



















▲スタンランによるポスター「シャ・ノワール(ロドルフ・サリの巡業)」
リトグラフ (C)Collection musee de Montmartre













モンマルトルに集ってきた多くのアーティスト達。夜な夜な集まっては馬鹿騒ぎをやっていたんだろうな。


























	モンマルトル美術館で展示されている作品は、カフェの看板や酒場の看板、カフェのメニュー、ムーラン・
	ルージュのポスターなど、古き良きモンマルトルの雰囲気を味わえるものばかり。
	ルーブル美術館やオランジュリー美術館のように大作が展示されているわけではないが、ベル・エポックの
	空気に包まれたい人にはオススメの美術館だ。こここそ、フランスだぁーと言う気になる。