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釈迦堂遺跡(縄文時代)
2000.6.4(日)山梨県勝沼町・一宮町



	釈迦堂遺跡は中央自動車道の建設に伴って調査発掘された、日本有数の縄文遺跡である。昭和55年2月8日から翌56年11月15
	日まで、延べ2万人が参加して調査された。結果、先土器時代、縄文時代、古墳時代、奈良時代、平安時代の住居や墓、及
	び多量の土器、石器委などが発見された。しかしその中でも縄文時代遺跡はとくに全国的な注目を集め、発掘当時から多く
	の見学者が現地を訪れている。JR中央線の「勝沼ぶどう郷」駅で降りるが、ここから遺跡博物館までは足の便がない。
	その為山の中の駅にも関わらずタクシーが多い。山や丘の至る所がぶどう畑である。他の果物など一切無いように思えるが、
	タクシーの運転手さんによれば「みんな自分ちで食べる柿やりんごは作っている」そうである。博物館までタクシーで10分
	ほど、約1,500円。帰りは又駅から迎えに来て貰うので2,000円を超える。車を持っている人は、断然車の方が便がいい。
	「勝沼PA」から2,3分で博物館へ行ける。

 

 



	中央自動車道の勝沼PAは、高度的には結構高い所にある。甲府盆地の底は遙か目の下に見えている。博物館の前からは、
	対面の山の裏側に、まだ白く雪をかぶった南アルプスの山並みが見えている。周りは至る所「ぶどう園」である。縄文人達
	はこの、どちらかと言えば「山の上」の集落で、木の実を拾い、動物や鳥を追い、暇があれば土偶や土器を作ったりと、の
	んびりした牧歌的な毎日をおくっていたのだろうか?
	遺跡そのものは、自動車道の建設に際して発見されたものなので、調査後は埋め戻されてハイウェイの下である。下の図の、
	色の変わっている部分が発掘された場所(扇状地全体での発掘場所は勿論このほかにもあり、広範囲に渡っている。)で、
	もろにハイウェイの下にある。関東地方の人で車を運転する人は、中央自動車道の勝沼PA(パーキングエリア)で休憩し
	た経験がおありかもしれない。
	あなたが休憩したその足下に縄文遺跡が眠っている。PAから北側へ石段を登っていくと、2,3分で博物館だ。

 


	遺跡の所在地である山梨県勝沼町と一宮両町は共同で組合を作り、この遺跡からの出土物を展示した「釈迦堂遺跡博物館」
	を建設してその痕跡を後世に残している。博物館の脇には駐車場や庭園が造られ、裏手には縄文時代の建物跡から推定した
	復元住宅も建てられている。

 

 


	この遺跡は出土した土偶の種類と数で一躍全国的に有名になった。全国で出土した土偶のほぼ一割(1,116個)がこの遺跡か
	ら出土しているのである。この内縄文前期のものが7個、後期のものが1個、残りは全て縄文中期の層からの出土である。
	ここの土偶の特徴は、何と言っても数が多い事であるが、加えて色々な形態があり、接合部分がハッキリしていたり、製造
	過程が分かるものが多い事である。
	この為土偶研究の格好の資料となっている。X線を投射して内部構造も解明されている。衣服や髪型など、当時の風俗を忍
	ばせるものも多くある。しかし私などは、博物館に行って実物を見れば一目瞭然だが、あどけない表情をした土偶が多いの
	で、これらは縄文時代、子供のおもちゃだったのかも知れない、と思ったりするのである。

 





 

 



 

 







 



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